ラベル other の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示
ラベル other の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示

2015年10月28日水曜日

移動手段の方法と感動について

こんにちは。

『人は何故に旅をするのか??』
などとぼんやり考えていたら。。。
すっかり投稿の間が空いてしまいました。。。。反省。


ゲストハウス(GH)を開業して、慌ただしい日々の中で、色々な形で旅するゲストさんを迎え入れ、好奇心剥き出しに?話をして、未消化な課題を溜め込んでおります。


GHは東海道に面しております。江戸時代参勤交代で使われた道です。
その昔、移動手段は基本徒歩のみ。時折、馬、籠などの移動手段使われていたけど。
今は、クルマ、電車、飛行機、バイク、自転車などなど、選べる便利な時代です。

その中で、歩いて旅をするゲストさんが多いのです。
でも、理由、目的はそれぞれ様々。

ふと、太太が気がついたことは?
『人間、五感の感じる順序を変えると違った世界が広がる』と云うこと。

難しそうに言っちゃったけど、簡単には、
クルマ運転中は視覚は最優先だけど、小径を歩いていると、視覚と同じ位、臭覚もがんばっているのです!
「あっ!」と、キンモクセイの香りから、キンモクセイの花を見つけたりして。
そんな単純なことですが、いつもと違った日常が味わえます。

そんなことを積み重ねて行くと、私も歩く旅人になっているのかなあ〜?
結論は先送り。
まずは女将業に励みます。












2015年8月18日火曜日

後ろ姿に惹かれる年頃です。


こんにちは。


私事ですが、女将さん業が始まりました。
名古屋でゲストハウスなる安宿を開業いたしました。

いやはや〜 刺激的な毎日です。
今まで気ままに時間を使っていた立場から、居心地の良い時間を提供する立場になった訳ですから、解らないこと、驚きのことが多く、挙げ句は失態の数々。。。

そんな中で気がついた事があります。
私って『後ろ姿を眺めるのが好き!』なのです。クルマも人も。
『いらっしゃい』の出会いもいいけど、『いってらっしゃい』と見送るのが好き!
後ろ姿に『元気でね!』『また逢いたいね!』と心の中でつぶやいたりして。。。

ゲストハウスを出て駅に向う路は少しカーブした上り坂です。
バックパッカーが大きな荷物を背負って歩いて行く後ろ姿は、一期一会の出会いが終了の合図。 それを見届けるオバちゃん、太太。 いやあ〜似合う年齢になりましたよ。


『さようなら』の語源は再び逢う保証は無い人と今生の別れの挨拶の意味があるとか。。。
中国語の『再見・ザイチェン』はまた逢いましょうの意味が強い。

『サ・ヨ・ウ・ナ・ラ』はちょっと淋しいから、『ザイ・チェン』の方が太太は好きです。
これから富士山のキャンプ場に向うベルギーからのお客様



2015年7月1日水曜日

太太とオバさんと女将さんの日々?


こんにちは。


私事ですが、
『衣・食・住』の、衣の仕事にずっと携わってまいりました。
衣の業界はグローバル化が進み、均一化された没個性商品が値段優先で市場に氾濫するようになりました。 もともと着飾るということは個性を表現することであったハズなのに。。

それに比べて食と住は、風土と気候が左右し、それぞれの国や地域で違った文化を表現していると思います。

こっちの方が面白そう??

で、この度、+女将さん業務をこなすことにいたしました!
昨今、人気上昇中?のゲストハウス業にトライしてみます!

太太タフさ + オバさん図々しさ + 女将さんパワフルさを兼ね備えた視点でこれからもブログを続けていきますのでよろしくお願いしま〜す。


この古民家でゲストハウスをやっていきます。

2015年4月19日日曜日

ある夜の上海で。

こんにちは。


ある夜の上海。


 goodfellasと云う外灘にあるレストラン。


goodfellasの名はアメリカマフィア映画からの由来。


薄暗い店内は客でいっぱい。顔ぶれも多国籍で服装も言語も様々。
それぞれが店内に強い臭いを発している。

そこにサルバドールダリを思わせるおじいさんコックとチャーミングなイタリア人オーナーの娘が流暢な中国語と英語で接客してくれる。


お酒と料理とおしゃべりの渦巻く空間、ここ、上海は魔都と呼ばれた時代があったことを思い起こさせる。


19世紀の中頃、アヘン戦争後、列強各国の租界が点在し、一攫千金を夢見て上海に入って来た外国人達が蠢いていた。それが上海を魔都にしていた時代。
アヘンの売買で巨万の富を得たヴィクター サスーンはラクダに乗ってやって来て、ロールスロイスに乗って帰って行ったと云われている。

ここでは夜は更けない。何時まで喧噪は続くのだろう。。。
現代の魔都の住人は何を求めてここに居るのだろう。。。
暗い中にも活気がある上海の外灘のここは多国籍レストラン。


外に出ると深夜の街並みになっており、
私、太太は熱気せいか、お酒のせいか、外灘のイルミネーションが


このように見え出したので、タクシーに乗り込んで帰ります。

この現代の魔都が戦争により消えないことを願っております。。。


2015年4月10日金曜日

こんなブラウスを作ってみました。

こんにちは。


日中太太のブログの本筋とちょっと離れるのですが、
この度、着座姿勢に適した機能と、着用にすると気持ちが明るくなるようなブラウスを作りました。
ブラウスのコンセプトは『母の日にプレゼントしたいブラウス』です。

Readyforという、クラウドファンティングに載せています。
よろしかったらご覧ください。

https://readyfor.jp/projects/OWLfactory

共生地のスカーフがつきます。

前身はローン生地、後身は動き易いジャージです。

プレゼント用にいかがですか?


2015年4月1日水曜日

レインボーへの夢、今と昔

こんにちは。


窓から見た
『虹橋開発区 Hong Qiao Development Area』の風景


商業貿易センターを中心の国家級開発区です。日系企業も多く進出していて、それに伴い日本食、日本人が住み易いマンションが多いエリアでもあります。
海運、貿易、銀行業務等があるオフィスビル

高架道路を挟んでこちらは日本人が多く住むマンション


            

上海で仕事を始めたのはここ、虹橋。 レインボーの云う名前に親しみを感じた。
これからの上海生活にドキドキワクワクし、少し緊張しながらこの街を歩いたな。

でもその頃はこの街自体が、ちょっとよそよそしい景色だった。
『外資優遇対策で突然現れた、近代的な場所』そんな感じだったで、
従来の上海の街とは馴染むことはできなかったからだと思う。

日出後:街がまだ起きていない静かな時間
でも今回感じたのは。。。
『上海はいつの間にこんなに都会の表情が似合う街になったんだろう?』という思い。

以前はあちこちに突然現れた高いビルが、周りの上海市民の暮らしと馴染めずにいたのに。今は馴染んでしまっている。。。

日没後:更に活気づく時間
確かに、人々の暮らしも豊かになった。 文化的にも欧米化が進んだ。
この窓からの景色の中で
すでに中国は世界の生産工場では無いと改めて感じる。  (太太の生業は生産業)

この街とサヨナラする時が近づいているのかも知れない。。。






2015年3月19日木曜日

夢心地な空間


こんにちは。


止まった時間の中の夢心地な空間が好きです。

上海では次々と新しいものが受け入れられ、古いものは容赦なく壊されていきます。
まるで哀愁や執着を持つことはタブーとされているかのように。
そう、時間軸を短くぶつ切りにしてしまう上海では、
時間を止めて、夢心地で居続けるのは難しいことなのです。


そんな上海でも10年間変わらずに佇んでいる私の好きな空間があります。


車の喧噪が激しい市内の中心に突然現れる、時間が止まったような屋敷。 
ユダヤ人のマーラーが戦前、上海が魔都と呼ばれていた頃に建てた北欧ノルウェースタイルの洋館。


旧マーラー邸。今はホテルとして使われている。

子供が見た夢を再現したと云う逸話が、嘘ではなさそうと微笑ませてくれる。
その夢に見たおとぎの国の城を作った家主はもう居ない。。。
歴史に翻弄され、その後、欲に動いた各国の人が次々と家主となったけれど、
時間が止まったままのような風貌はそのまま。。。



曇りの日、目の前の大通りを走る車の中から、ほんの数秒だけ見るのが好き。
現実と夢心地の時空をぶらっと散歩するように。。。
強い日射しは要らない。雨の日ならもっといい。
夢の世界の建物だから。。。



ゆっくり生きることが許されない時代だからこそ、夢心地が愛おしく感じるのかな?



2015年3月7日土曜日

お詫び


こんにちは。


突然、ブログの写真がすべて消え去りました。
お見苦しいブログになっており、申し訳ありません。

只今原因を追及中ですが、復元まで時間がかかりそうです。
ITが苦手な太太ですが、この理不尽さに負けずに頑張りますので、
ご理解の程よろしくお願い致します。


mihoko 太太



2015年2月28日土曜日

西日の似合う街


こんにちは。


個人的な意見ですが、上海は西日が似合う街だと思います。特に冬の日射しが。。。
PM2.5を通過して来る日射しは、ぼ〜っと白く柔らかく小窓から程よい光を届けてくれます。

老房子で。晩冬の昼下がり。

上海は基本的にレンガ積みの石の家なので、特に古い家である老房子はガラス窓は小さめです。
その窓から、低い日射しが差し込む午後はまったりとした時間を楽しむことが出来ます。
普段は喧噪の上海も冷たい石の家の中では、時間と空間を遮って異空間を作ってくれています。

西日と使い込まれた建物と家具も似合います。

週末の遅めのランチは、一杯のワインで酔いもまわり、眠気も誘い、西日を浴びながら至福の時間です。

すっかり帰るのが面倒になり、重い腰を上げて外に出ると



ひなたぼっこのおじいさん、おばあさん達。
西日を浴びて、穏やかな顔をしている。 文化大革命の頃、紅衛兵の年齢だったくらいの人達。 

今の豊かで平和な上海を満喫しているのかな?

2015年2月22日日曜日

新鑑真号に乗ってみました。(鑑真さんと太太)


こんにちは。


飛行機では2時間半ほどで到着してしまう両国の距離で、
昔は船でどれだけの時間とどのような人が行き来していたのだろうかと。。。

753年、鑑真和尚は66歳の時に伝戒の師として渡日されたとのこと。
6度目の挑戦で日本に辿りつけるまで10年間の歳月を要したとも。



 日本から唐に渡った僧・栄叡、普照らから戒律を日本へ伝えるよう懇請された・・・・・実に10年の歳月を経て仏舎利を携えた鑑真は宿願の渡日を果たすことができた・・・・・天平宝字7年)唐招提寺で死去(遷化)した。76歳。by Wikipedia



鑑真和尚の時代を想像しながら? 今回の帰日は空路でなく、航路を選んでみました。
鑑真和尚の名をつけた『新鑑真号』に乗って、鑑真和尚と同じルートを行く中国のフェリー2泊3日の旅。
大変な苦労を重ねて旅した鑑真さん、と同じ船旅でも全く違う体感をした日本人太太の航海です。


(こんな俗旅になりました)
初フェリーに好奇心剥き出しで、フェリーターミナルへ到着した太太は、予約したチケット発券カウンターで早くも ガツ〜ン! と新鑑真号は中国フェリーであることを再認識し、今後の3日間に暗〜い不安を感じてしまいました。。。

(地下一階の待合室。暖房も無く寒い。。)

フェリーのスタッフが前日の電話で「AM11:00までにターミナルへ来るように」と言っておきながら、11:00過ぎにスタッフが漸く仕事開始、ゲートが開く。



( カウンターは一つだけ。。)

不覚にも中国人太太に横入りされ、おまけに発券手続きに1組20分も時間を費やす手際に悪さ。何の為のチケット予約だったの? 慣れっこ中国人も怒りだす始末。






漸く乗船したと思ったら、 12:30出航の予定時刻から1時間待たされて出航! 定刻あって無しが如く。。。中国時間。。。



年期の入った航路図。これから44時間かけて上海から大阪までの船旅です。

(船内のロビーです。既にうるさい)
(個室にしてみました)
30人ほどの乗客で6割が中国人、3割が日本人、1割がその他アジア人といった割合でしょうか? 中国人が9割くらいの存在感がありますが。。。
定員は350名なのでかなりの少人数。 時間のかかる船旅は昨今は人気薄のよう。



(船内レストラン。昔の学食?カフェテリア?) 

「美味しい食事を提供するレストラン」と前フレでしたが。。。中華の味は「馬馬虎虎」
和食はコメント不要。最も当てにはしていない。
毎食1時間〜1時間半しかオープンしない最低限営業のレストラン。でも空いていた。
何故か、乗船から下船まで一度も食事に来ていない乗客が多数?? 毎食カップ麺??
レストランのソースをパクリに来ただけの中国オバちゃんもいた。 部屋で何食べてるのかかなり疑問??


二日目は360度海の東シナ海をひたすら進み、夕刻に五島列島が見え、夜には関門海峡を潜ります。

(圧巻でした。これだけはフェリーにして正解?)


日本のwifiが繋がり出し、TVもNHKを受信し出す頃、五島列島が見え出します。そこからの景色は夕暮れとともに「なんて綺麗な我が故郷!」と気分が高揚します。
関門海峡を通過してから瀬戸内を通るのですが、夜時間帯なのが残念



(大阪港へ降りてからの新鑑真号)



3日目の朝に大阪港に着岸しました。下船まで随分時間がかかり、再び日本太太はイライラさせられましたが、海運は古い制度が残っていて面倒くさい手続きが多いので、仕方ないですね。
日本人太太には東西南北も判らず海に囲まれて、wifiも無い=やることが無い環境での船旅は3日が限度でしょうか? のんびり出来ない性分丸出し。


鑑真和尚のように命かけて渡航した、いにしえの偉人には申し訳ないのですが。やはり空がいいなと。。。気がつけばブツブツばかり?
信仰心の無い凡人は、世俗の速くて楽な暮らしに慣れてしまっております。。。

船内のストレスサービスについては後日報告します。




2015年2月19日木曜日

春節(花火の楽しみ方)


こんにちは。


今日は中国の春節です。旧暦のお正月。
中国では、旧暦は農民暦として地方では重視されています。

今年の春節といえば、カウントダウンの花火が極端に自粛されました。

私は何度か上海で春節を迎えましたが、花火や爆竹の数や音の大きさは半端じゃない凄さです。
中国の花火は、日本の納涼花火と違って賞でる物ではなく、綺麗さより音量優先。
ド〜ン・ド〜ン・ドカ〜ン!と云った感じ。 ド〜ン・パッ!のパッは要らない。
花火も爆竹も『音で邪気を払う』ことが目的であるのです。
それが春節には、あちらこちらで無差別?に打ち上げる。素人さん参加もOKで。
その音たるや、一部屋の中に居る住人との会話も聞き取れない。
28階に住んでいた時など中庭で打ち上げた花火の高さと近い為、ガラス窓が割れんばかりの振動。
それが、一夜続く。。。
その日限りで花火を売り歩く屋台も出没。
賑やかであればある程、目出たい新年が来ると信じられているかのよう。

そりゃあ、花火事故も起きますよ。北京では工事中の高層ビルが燃えたしね。
そして、年々規制され、許可制になり、花火も販売されなくなりました。


昔を知っている日本人太太としては、馬鹿騒ぎ喧噪?がなくてちょっと淋しくもあります。
だって、イケイケド〜ンの何でもOKのあっけらかんさって、最近の日本には無いでしょ? 
江戸時代の日本人は『ええじゃないか』的気風があったようだけど、日本に戻ると窮屈感を感じてしまうことしばしば。

周囲にお構いなしに打ち上げる中国環境にストレスは無い?

難聴と、家が燃える心配は付き物だったけどね。








2015年2月12日木曜日

春節までX'mas


こんにちは。


上海に来て初めての年末、12/28過ぎても堂々と値引きせずX'masケーキが売られているのに感動した。 お〜なんて女性に優しい国。

その後、中国は春節が来るまでX'mas装飾はそのまま、ケーキも売れるまでか、腐るまでそのまま。ということを理解しました。 片付け嫌いの中国人気質?

ということで、
この時期はX'masツリー? それとも中国風松飾り? なんだか判らないものまで、街中を賑わしてくれるディスプレーです。



こんな、綺麗なディスプレーもあれば、

(欧米ブランドが揃ったファッションビルで)




こんな、いやらしい? ゴージャス系もあり。

(FENDIの前で)




なんで、羊の串刺しとツリーなの?





これは、ツリーというより門松風。

実が成ることは目出たい!+ポチ袋付きでなお目出たい!




欧米X'masツリーのルーツを持つ、中国ツリー。

金、かね、銭!が溜まるように、金系オーナメント下の人形は七福神ならぬ五福神?
 金の神様総集合!(銀行での隠し撮りなので手振れでごめんなさい)

2015年1月27日火曜日

餃子へのこだわり


こんにちは。


日本では、新年迎えて早くも1ヶ月が過ぎようとしていますが、
中国では、まもなく新年を迎える(春節) 年末気分です。

中国では、新年は「家族で水餃子を食べる日」です。
これは感覚的には、日本のお雑煮文化に似ています。
水餃子には、地域性があり、各家庭の味があります。 

 ちなみに、私は機会があると、太太に水餃子の作り方を教えてもらいます。

 その都度「あんた、餃子も作れんのかねえ」風リアクションをされます。
 一昔前ですが、餃子が作れんと嫁には行けないらしいのです。。。

昨今は、水餃子は年中食べれますが、一昔前までは特別な日のご馳走でした。
ここに、日本のおっさんの「とりあえずビールと餃子」との大きな違いがあります。

この日本人の安いつまみ感覚は、中国人には失礼にあたるのです。



日本の餃子の歴史は浅く、満州帰りの兵隊さんが伝授したそうですが、
 兵隊さんが食べた餃子は、残った水餃子を焼き直したものだったので、
 日本では焼き餃子が一般的になったとの話があります
シルクロードの新疆遺跡からは、既に餃子があったことが確認出来るらしいのです。

私が教わった新疆太太の餃子の中味は「ニラと炒り卵」でした。
このルーツは、アフガニスタンに紀元前からあるニラだけ餃子とか?? 
それが長い時間を経て新疆まで伝わって、数千年後に日中の太太間で伝授されるとは。
ということは。。。  凄いかもしれない???

で、この度『餃子はシルクロードでどのように伝わって行ったのか』を検証してみました。
形は似ていても中味とタレ(ソース)が徐々に変化していくのが面白い! でしょ?



北京の餃子は、日本人にも馴染みやすい味の水餃子。
厚めの皮に、キャベツか白菜+肉類が基本です。
タレは、黒酢+唐辛子+おろしニンニクで。
これ一品でお腹一杯まで食べます。「ご飯下さい!」はNGです。


そしてこの餃子が、西域エリアになるとこうなります。

新疆ウルムチの餃子「ジュワワ」

中味の食材
*ニラ+炒り卵
 もしくは
*タマネギ+羊肉


タレ

・黒酢+唐辛子+おろしニンニク
 これは北京と同じ



更に草原のシルクロードを西に進むと、

ウクライナの餃子「ヴァレーヌイク」

中味の食材

*ジャガイモ+キャベツ
 ザワークラフトを使うこともあるようです


ソース(タレとは書いていなかった)

・サワークリーム



今度は砂漠のシルクロードコースからでは、

トルコの餃子「マンティー」

中味の食材

*タマネギ+羊肉+豆類
 新疆ウルムチと同じです


ソース

・ヨーグルト+おろしニンニク
・唐辛子+トマトソース
 このあたりでトマトソースが広がるのでしょうか?




で、終着点のイタリアでは、

イタリアの餃子?「トルティーニ」



中味の食材

*ほうれん草+肉類
 これが一般的のようです


ソース

・トマトソース 



いかがですか?
小麦を練って食材を包んで食す文化、餃子の仲間の地域別変容です。

中国のイタリアンレストランのメニューでは、トルティーニは「伊太利亜式餃子」と書かれていますが、実際にイタリア人に中国から伝わった食べ物でしょ?と話すと、機嫌が悪くなるようです。 私はどっちも好きですが。。。

「とりあえずビールと餃子」もたまには、遠くから時間をかけてやって来てくれた餃子に感謝しつつ、味わうと更に美味しいかもね?

2015年1月15日木曜日

初投稿! 10年を振り返って。

はじめまして。

太太=中国ではオバさんのこと。日本より少し尊厳を持って使われます。
オバさん=日本では、図々しいオバさんのこと?

中国と日本での二重生活を続けている私は、自称Mixオバタイプ?
おかげ様?で違和感なく中国社会に溶け込めております。
なぜだか?日本に居ても中国語で道を聞かれたりもいたします。

この10年、上海は目に見えて変わりました。
地下鉄が整い、高層ビルが乱立し、欧米ファッション化などなど。
街の様子もずいぶんと洗練されました。
10年って色々なことが大きく動くには充分な時間なのですよね。

私自身の10年はどのような変化があったのかな?

そして、
今日、私はひとつ歳を重ねました。
本日より私なりに双方向の視点で日常を切り取ってブログに綴ってみようと思います。

よろしかったら、お付き合いをいただくと嬉しいな?

上海の蘇州川